東京地方裁判所 昭和42年(ワ)6441号 判決 1969年12月18日
原告 露崎千代松
<ほか一名>
右原告両名訴訟代理人弁護士 根本孔衛
同 鶴見祐策
右訴訟復代理人弁護士 本永寛昭
被告 武市猛雄
右訴訟代理人弁護士 吉田太郎
主文
一、被告は原告らに対して、それぞれ一、五〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四二年六月二九日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
二、原告らのその余の請求を棄却する。
三、訴訟費用は、これを五分してその三を被告の、その二を原告らの負担とする。
本判決中第一項は仮に執行することができる。
事実
第一、当事者の申立
一、原告ら
1、被告は、原告らに対し、各金二、〇〇〇、〇〇〇円、およびこれに対する、昭和四二年六月二九日から支払済まで、年五分の割合による金員を支払え。
2、訴訟費用は被告の負担とする。
との判決および仮執行の宣言。
二、被告
1、原告らの請求を棄却する。
2、訴訟費用は原告らの負担とする。
第二、当事者の主張
一、請求原因
1、(事故の発生)
原告らの子である訴外露崎俊幸(以下俊幸という)は、被告の経営する私立各種学校国際文化理容学校(以下本件学校という)の理容科の生徒として、理容師の技術習得のため勉学していたものであるが、昭和四一年七月一八日同校の学校行事として、神奈川県三浦郡葉山町一色海水浴場で行なわれた海水浴に参加していて同日午後一時三〇分頃波にのまれて溺死した。
2、(被告の責任)
(一)、右海水浴は、本件学校の教育内容の一環として行なわれたものであって、全生徒がこれに参加することを義務づけられていた。
(二)、従って本件学校の経営者である被告には、右海水浴が安全に行なわれるように、参加生徒数に見合った数の教師、職員を派遣して遊泳中の生徒を監視、掌握し、あるいは参加した生徒に事前に水泳上の注意を徹底し、あるいは泳げない生徒を区別して特別の措置をとるなど充分に参加した生徒を保護監督すべき注意義務があった。また本件学校の教師、職員にも自ら右のような各措置をとって生徒を保護監督すべき注意義務があった。
(三)、ところが、被告は参加した生徒に水泳上の注意を与えることもなく、泳げない生徒を区別して特別の措置をとることもなく、更に俊幸の所属した本件学校理容科昼間部A組からは、約一〇〇名の生徒が参加したのに、その監督にあたる者として遊泳中の生徒を監視掌握するには足りない教師一名、助手一名を派遣したにすぎず、参加した生徒を充分に保護、監督すべき義務を怠った。また、派遣された教師、職員も生徒らに水泳上の注意を与えることもなく、当日一色海水浴場に到着して生徒を解散させた後は、付近の茶屋で飲食するなど、生徒の行動を把握することもせず放置して、生徒を充分に保護監督すべき義務を怠った。
(四)、俊幸が溺死したのは、(二)に記載した注意義務を(三)に記載したように怠った、被告あるいは被告の被用者である本件学校の教師、職員の過失によるものであるから、被告は民法七〇九条あるいは同法七一五条一項により、俊幸の死亡によって発生した損害を賠償すべき責任がある。
3、(損害)≪省略≫
4、(結論)
よって原告らはそれぞれ被告に対して、原告らが相続した得べかりし利益の喪失による損害賠償請求権の内金一五〇万円と慰謝料五〇万円の合計二〇〇万円およびこれに対する訴状送達の翌日である昭和四二年六月二九日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二、答弁
1、請求原因1中、俊幸の死亡時刻を除く部分は認める。
2、請求原因2は否認する。
すなわち
(一)、本件学校の教育科目の中には体育は含まれておらず、本件海水浴は生徒のレクリエーションとして行なわれたもので、全生徒に参加を義務づけたものではない。
(二)、本件海水浴に参加した生徒に対しては、前々日に俊幸の所属する理容科昼間部Aクラスを含む各クラスで、担任の職員が、注意事項を記載した印刷物を配布して注意をうながしたほか、海水浴当日もバスに乗車する前および一色海岸へ赴くバスの車中で、各車両に分乗した職員が、団体行動をとること、泳げない者は深い所へ入らぬこと、あまり広い範囲に行動しないこと、ゴムボートを借りる場合は教師の許可を受けること等の注意を与えた。
(三)、本件海水浴には四三三名の生徒が参加したが、そのうち海に入った生徒は一一八名であった。これに対して被告は訴外沢野某以下一四名の教師を派遣し、これを右沢野を総括者として、海上監視担当六名、陸上監視担当五名、救護担当二名とその任務を分担して生徒の保護監督にあたらせ、各教師もそれぞれ自己の担当任務を忠実に遂行した。
(四)、中学校卒業以上の知能程度を有している本件学校生徒の本件海水浴において(二)、(三)記載のような措置がとられたのであるから、被告および被告の被用者である教師には過失がない。
(五)、本件事故は、俊幸が自らは水泳ができないにもかかわらず、学校側の注意を無視して、担任教師に無断でゴムボートに乗って深みへ漕ぎ出したところ、相乗りした二人の生徒が飛びこんだ反動あるいは波を受けたことによってゴムボートが転覆して海に落ち、周章狼狽のあげく溺死に至ったものであって、俊幸の一方的過失によるものである。
3、請求原因3(二)の内、原告らが俊幸の両親であることは認める。3(二)の内その余の部分、3の(一)、(三)はいずれも否認する。
三、抗弁
仮に、被告に過失が認められるとしても、損害賠償の算定にあたっては二、2、(五)、記載の俊幸の過失を考慮すべきである。
第三、証拠関係≪省略≫
理由
一、原告らの子で、被告の経営する本件学校の生徒であった俊幸が、昭和四一年七月一八日、同校の学校行事として、神奈川県三浦郡葉山町一色海水浴場で行なわれた海水浴に参加していて、溺死したことは当事者間に争いがない。
二、被告は、右海水浴は生徒のレクリエーション活動であり、学校としての教育活動に属せず、生徒は参加を義務づけられていたものでもないと主張し、その責任の有無を争う。
1、しかし、学校教育法八三条に定める各種学校、あるいは同法八四条に定める準各種学校が主催して生徒の参加する行事を行なった場合、その行事が当該学校の本来の教育目的である教育科目の一環として行なわれたものであるか否か、生徒がその行事に参加することを、学校の定めた規則により、あるいは事実上、義務づけられているか否かにかかわらず、主催者たる学校およびその被用者である教職員は、生徒の年令、能力、その行事に予想される危険など具体的状況に応じて、行事に参加した生徒の生命身体等に危険が及ばないように、生徒を指導し保護監督する責任があると解するのが相当である。
2、そして≪証拠省略≫を総合すると、本件学校は理容師美容師の技術の教授を目的として設立された各種学校の一つで、修業年限は一年であり、生徒の少なくとも半数以上は中学校を卒業してただちに本件学校に入学し、その余の生徒も多くは未成年者であること、その教育の内容としては、理容あるいは美容の理論および実技を中心として、衛生法規、公衆衛生、伝染病、皮膚科学、社会教養等の科目が設けられているが、体育という科目はなく、本件海水浴は正式の教科の一内容としてではなく生徒のレクリエーションと親睦の促進を目的として行なわれたものであること、しかし同様の海水浴は学校の行事として例年行なわれ、その模様は本件学校の入学案内や、同校の発行する国際文化理容美容新聞と称する印刷物に紹介されていること、本件海水浴も学校の事務担当者が企画し、その実施にあたっては学校側で参加者をとりまとめ往復のバスの手配をし、学校が行事を運営していること、生徒を参加させるにあたっては、学校名義で、夏季体育祭と称して生徒の海水浴参加を勧誘する印刷物をその父兄宛に出すとともに、海水浴に参加しない生徒には欠席届を提出することを求め、欠席届を出した生徒に対してはクラスの担任教師が不参加の事由をただし、できるだけ参加するようにすすめたこと、俊幸も最初は耳の病気を理由に欠席届を出したけれども、クラス担任教師である笹本幸雄に説得され、参加することになったこと、が認められる。
以上認定の事実を総合すると本件海水浴は、正式の教科としてではないが、課外教育の一環として学校が主催して全校的行事として行なわれたものと認められる。
3、従って本件学校の経営者である被告が本件学校の教育活動の面にどの程度関与していたかは本件全証拠によっても明らかではないが少なくともその被用者である本件学校の教師には、本件海水浴に際して、参加した生徒の身体生命に危険が及ばないよう、中学校を卒業した直後の生徒の知能、体力に応じた監督、保護をする責任があったものと言わなければならない。
ことに、海水浴はその性質上溺死やいわゆる心臓麻痺による死亡事故の発生する危険性も考えられる行事であり、まして参加者が中学校を卒業して間もない生徒を主体としたほとんどが未成年者の集団であることに鑑みれば、参加した生徒の生命に危険の及ばないように、海水浴場の選択、および調査を慎重にし、救急態勢についても充分な配慮をすべきは勿論、参加した生徒の中には水泳に練達なる者、不得手な者、全く泳げない者が多数入り混っていて、それが集団で一時に海水浴場に分散するときは、安易な体制、方法では、とうてい生徒の身体生命に対する監督、保護の義務を尽すことはできないのは、見易い道理であるから、本件海水浴の企画、立案、実施にたずさわった本件学校教師には参加する生徒の水泳についての熟練度を事前に調査、把握し、その能力に応じて、適正規模のグルーブに分けるなどして、監督の実効があがるように配慮し、水泳のできない生徒については、とくに具体的な注意事項を事前に周知徹底させ、危険の防止に配慮すべき義務があったものと言わなければならない。
三、そこで、俊幸の死亡事故について本件学校教師に注意義務の過怠があったかどうかについて判断する。
1、≪証拠省略≫を総合すると、本件海水浴には四〇〇名を越える本件学校生徒が参加し、その内約一〇〇名が海へ入ったこと、当日指導監督にあたるために派遣された本件学校の教師は、沢野某、稲垣元伸、笹本幸雄、石井某、山崎某、野田某、横堀某、秋山某、木村某、荘司某、高田某、岡田某、麻畑某、等一三、四名であったこと、本件学校の修業年限は一年間でありしかも生徒の中には昭和四二年四月に入学したものもいるため、各教師は自分の担当するクラスに属しない生徒についてはその顔をあまり知らず、また生徒も必ずしも相互に親しく知り合っていたわけではなかったこと、そして当日は本件学校生徒以外の一般の海水浴客もかなりいたこと、本件海水浴場には貸ボート業者が営業していてゴムボートを貸出していたこと、当日の海は波が幾分あったけれどもそれ程高くはない状況であったことが認められる。≪証拠判断省略≫
2、しかし≪証拠省略≫によれば、次の事実が認められる。
(一)、本件学校の教師は海水浴に参加した生徒の水泳能力については、事前にも当日にも調査しなかった。従って海水浴当日泳げない生徒を泳げる生徒と区別したうえ、海へ入る時間、遊泳区域、を定めたり、泳げない生徒を監視する担当者を定める等して、泳げない生徒を特別に監視する措置はとらなかった。
(二)、わずかに本件海水浴の前々日である昭和四二年七月一六日に本件学校の各クラスで担任教師から海水浴参加予定者に対して、泳ぐ前に準備運動をすること、泳げない者は深い所へ行かないこと、団体行動をとること、ボートを利用する場合は教師の許可を得ること、職員の指示に従うこと等の注意事項を指示すべきこと、更に同様の注意事項を海水浴当日、海岸へ赴くバスの車中において前後二回ほど伝達すべきことが引率教師の間で打合わせられ、おおむねそのとおりの注意が口頭でなされた。しかしながら右注意事項の指示、伝達は必ずしも生徒の間に徹底してはおらず、生徒は海水浴場に到着して記念撮影をしたあと、一部が準備運動をした他は、散開して自由行動をとり、特に団体行動をとるようなことはなかった。また貸ボートを利用した生徒も少なからずあったが、教師の許可を得た者はごく少数でありその他は教師の許可を得ることなくボートを利用していたが教師はこれをとがめることもなく、前示の注意事項を徹底し遵守させるようにもつとめなかった。そしてボートの利用の許可を求める生徒に対しても、その水泳能力を確めることもなく漫然と許可し、許可を与えた後の生徒のボートの行方、乗船の状況について特に留意して監視するようなこともなかった。また海水浴当日は午後二時三〇分にバスの駐車場に集合するように指示があった以外は、生徒に対して遊泳区域や遊泳時間などが特に指示限定されなかった。
(三)、海水浴当日の監視については、事前に当日同行予定の教師のうち稲垣元伸など七、八名は海上にいる生徒の監視、笹本幸雄など四、五名は陸上にいる生徒の監視、岡田某麻畑某の二名は救護係と分担が決められていた。しかしながらその監視すべき区域、時間、引継交替の方法については特に打合わせがなされず、従って海水浴当日の監視の実情は担当の教師が海岸を歩きまわりながら、あるいは海を泳ぎながら適宜あたりを見まわしてみた程度であり、食事等のための休憩も各教師が自由にとっていたという状況であった。
(四)、なお、本件学校の教師、職員は、本件海水浴の実施前に本件海水浴場の状況について特に調査はしなかったけれども、同海水浴場は本件学校が例年の海水浴に利用しているので、そのおおよその状況は知っている教師もあった。
以上の事実が認められる。≪証拠判断省略≫
3、ところで、俊幸の溺死を招いた本件事故がどのような状況の下に発生したかを見るに、≪証拠省略≫を総合すると、俊幸の溺死の前後の経過で今日、明らかなところは次のとおりであることが認められる。
すなわち、俊幸は説得されて海水浴に参加はしたものの泳げなかったので、水泳には加わらず、当日午後一時過ぎ頃には本件海水浴場で貸ボート業者から借りたゴムボートに、本件学校の生徒一、二名と同乗して遊んでいた。たまたまその頃付近の海中で遊泳中の女生徒が溺れかかり、にわかに騒しくなったが、この方は近くの生徒がすぐ気付いたため大事に至らなかった。この事件が一段落しかかった頃、陸上にあった本件学校助手(当時)稲垣元伸は、右現場からさぼど隔っていない海面にあった小型のゴムボートから人が海へ落ちたのを認めた。もっとも同助手は、海へ入った人は水中を潜り近くの海面に顔を出して泳いでいるのではないかと思っていたので、これが事故の発生とは気付かなかったが、同助手の傍にいた生徒が、水中に潜ったにしては長いと言うので同助手も念のため水中眼鏡を携行して、ボートから人が落ちた現場と思われる箇所へ行って海中を調べ始めた。しかし海中は濁っていて透視がきかず、現場と思われる所は背は立たないが、海底を足で蹴れば反動で顔が水面に出る程度の深さで捜索は困難であったけれども、ボートに乗っていた者が本件学校の生徒であることを確認していなかったし、ましてこの者が泳げない人間であることも知らなかったので、他の教師、助手を動員して捜索するようなことはしなかった。ところが前示の女生徒が溺れかかるという事件があったので、海水浴を切上げることとなり各引率教師が生徒を集めているうちに、右のように稲垣が海中を捜しているのに気付いた本件学校国分寺分校教師池亀輝夫、同広瀬某らが、海に入って稲垣に協力して捜しにかかった。そのうちに一たん浜へ戻りかけた池亀輝夫が、波打際近くの膝位の深さの海中で足にあたるものがあったので引きあげたところ、これが俊幸の身体であった。そこで陸上の救護所に俊幸を運び、かけつけた同海水浴場の監視員、保健婦、および医師加藤秀雄らが手当をしたが、俊幸は同日午後一時三〇分すでに溺死していて蘇生させることができなかった。
≪証拠判断省略≫
右に認定した事実に基づけば、俊幸はゴムボートから海中に転落し、泳げないため溺れ、発見が遅れて溺死したものと推認される。
4、右1ないし3に認定したとおり、本件海水浴を学校行事として行なうにあたって、監督者である教師は生徒の顔を充分に知ってその個々の資質能力をよく把握していたわけではないし、生徒間でも必ずしも互によく知り合っているとは言えないのであるから、生徒が一般海水浴客と入り混って海水浴をするようなことを許した場合、単に海岸から監視するだけでは充分に生徒の行動、状態を把握し適切な監督をすることはきわめて難しい状況にあったことは明らかである。しかも、当日海水浴に参加した生徒の中には泳げない生徒があることは、行事の計画、立案、実施、にあたった者として当然に予想しなければならないところであり、このような泳げない生徒は他に格別のレクリエーションの場、機会を用意しないときは、所在ないままに、貸ボート業者からゴムボートなどを借りて遊ぶであろうことも容易に予想できるところである。しかし、このような海水浴客を対象とした小型のゴムボートは、もともと安定性に欠けるものがあり、まして水深が浅くなるにつれて波高の高くなる海岸近くで、ゴムボートに不馴れな者が乗ったとき、一時に多数の者が乗ったときなどは、時に安定性を欠くに至り、これに乗った者が海中に転落する危険性が大きいこともまた見やすいことである。従って、本件海水浴に際し生徒を保護監督すべき本件学校の教師としては、予め海水浴に参加する生徒の水泳能力の調査をし、少なくともその結果判明した泳げない生徒については専門の監視担当者を定めたうえ、それらの生徒が海に入る場合には、遊泳区域、遊泳時間等を制限するなどして特別に監視体制を強化し、貸ボートを利用する生徒には教師までその旨届出させるのは勿論、届出があった場合には前記水泳能力調査の結果あるいはその場においての質問でゴムボートを利用する生徒の水泳能力を確めたうえ、泳げない生徒の乗っているゴムボートはその行動範囲を制限し、監視の目が行き届くようにするなどして、泳げない生徒の行動、状況を充分に把握して、その生命身体に危険が及ばないようにし、更に泳げない生徒が海中で溺れかかるなど危険な状態に陥った場合には、直ちにこれを発見して迅速、適切な救助手段を講ずることができるよう特段の配慮をなすべき義務があったものというべきである。
しかるに、本件海水浴の立案企画にあたった本件学校教師および本件海水浴に派遣された1で認定した沢野某以下一三、四名の本件学校教師は海水浴に参加する生徒の水泳能力を調査することを怠り、したがって泳げない生徒に対する右に述べたような措置をとってその行動、状況について監督保護すべき義務を怠った過失があったものと言わなければならない。なる程2、(二)で認定したように、派遣された教師らは参加した生徒に対して学校および車内で注意事項を二、三度告げており、また事前に監視の分担を決めてはいるが、一方その注意事項は必ずしも徹底せず、教師らも注意事項を生徒に遵守させようとつとめた形跡がないこともまた2、(二)に認定したとおりである。したがってこのような注意の口頭告知、および2、(三)で認定した遊泳の片手間のような監視体制は、一般海水浴客と入り混って遊ぶ多数の生徒、特に泳げない生徒の監督保護の体制としては、とうてい実効のあるものとは言えず、この程度の形式的な措置をもってしては、泳げない生徒に対する保護監督義務をつくしたとは認められない。
5、そして3に認定した俊幸の死亡の経過、二に認定した本件海水浴の性質に照せば、俊幸の死亡による損害は、被告が経営する本件学校の教師であって本件海水浴を企画、立案した者および本件海水浴に派遣された沢野某以下一三、四名が、本件学校の業務の執行に際して加えたものと言うべきであるから、被告には右損害を賠償すべき責任がある。
四、次に俊幸の死亡による損害について判断する。
1、≪証拠省略≫によれば、俊幸は昭和二四年一二月二〇日生れで死亡当時満一六才の男子であることが認められ、厚生大臣官房統計調査部管理課作成の昭和四一年簡易生命表によれば、満一六才の男子の平均余命は五四・五六年であることが認められる。そして右原告本人尋問の結果によれば、俊幸の小学生の頃は病気がちで学校を欠席することが多かったけれども、中学校へ進学して後は風邪をひきやすい程度で学校を病欠することも少なくなったこと、俊幸には特にあげるべき持病はなかったことが認められるから、俊幸は普通人よりもやや体が弱いけれども同年令の者の平均余命程度には生存し得ることが推認される。
更に右証拠によれば、俊幸は昭和四二年三月本件学校を卒業後一年間の実習を経て国家試験に合格すれば理容師の資格を得ることができたこと、俊幸の父である原告千代松が理容業を営んでいること、俊幸も小学生の頃から原告千代松の店舗の掃除を手伝うなど理容業に興味をもっていたこと、本件理容学校に入学したのも俊幸本人の意思によるもので入学後も意欲的に勉学していたことが認められるから、俊幸は少なくとも昭和四三年四月から、同人が五五才である昭和八〇年三月までの三七年間にわたって理容師として稼働して収入を得たであろうことが推認される。
2、原告千代松本人は、独身の理容師の収入は経験にもよるが一か月四万円位、結婚している理容師であれば一ヵ月六万円位である旨の供述をしているが、右供述をもってはまだ俊幸が理容師として得ることが予想される収入を的確に認めることはできず、他にこれを認めるに足る証拠はない。
しかしながら、右原告本人の供述および公知の事実である理容師が単純な作業を行なうものではなく特殊な技術を要する職業であること、理容師の収入は単に経験年数のみによって定まるものではなく、その技術の巧拙、店舗の立地条件などによって大きな差があること、を考慮すれば、理容師の収入は≪証拠省略≫によって認められる、東京都所在の資本金五、〇〇〇万円以下、従業員三〇人ないし二九九人の中小企業に勤める中学校を卒業した男子従業員が得る平均賃金を上回るものと推認される。従って俊幸が右1認定の稼働期間に得るはずであった収入は、その年齢に応じて別紙第二表A欄のとおりであるものと認めるのが相当である。
3、これに対し、≪証拠省略≫によって認められる、現金実収入階級別一世帯あたり一か月の支出に関する統計、世帯主の年齢階層別および勤労収入階級別一世帯あたり一か月の支出に関する統計、ならびに公知の事実である、通常の家庭においては世帯主の生活費はその世帯の生活費を世帯の構成人数で除した額よりも多いことを総合して判断すると、俊幸が右の収入を得るのに必要な生活費は、最低一か月一万円を限度として収入額の五割を下回るものと推認される。従って俊幸が別紙第二表A欄の収入を得るのに必要な生活費は、同表B欄のとおりであるものと認めるのが相当である。
4、よって俊幸が死亡によって失なった得べかりし利益は、一か月あたり別紙第二表C欄のとおりであるから、これを一年毎に集計してその一年間の最後に得るものと見て、ホフマン式計算法によって一年毎に民法所定の利率である年五分の割合の中間利息を控除して昭和四一年における現価を求め、それを合計すると四、〇一〇、〇〇〇円(一〇、〇〇〇円未満切捨て)となる。
5、原告らが俊幸の両親であることは当事者間に争いがなく、俊幸には妻子がなかったので、原告らが俊幸の右得べかりし利益の喪失による損害賠償請求権を各二分の一の二、〇〇五、〇〇〇円ずつ相続によって承継したことは、弁論の全趣旨に照して明らかである。
6、前記のとおり原告らは俊幸の両親であり、既に認定した本件事故の態様、俊幸の年齢等を斟酌すれば、原告らは、俊幸の死亡により多大の精神的苦痛を蒙ったこと、およびその苦痛を償うに足る慰藉料としては各金五〇〇、〇〇〇円が相当であることが認められる。
7、三において認定した俊幸の死亡前後の経過、当日の海水浴の状況、学校側が海水浴の前々日および当日に前後二、三回にわたって泳げない者は深い所へ行かぬこと、ボートに乗る場合は教師の許可を得ることなどの注意事項を伝達した事実、四、1認定の俊幸の年齢、および俊幸が泳げなかった事実を総合すれば、俊幸としても自己が泳げないことを充分自覚し、海水浴の危険性を認識して、ゴムボートを利用するについても、ボートが転覆したりあるいはボートから転落したりする場合があることを予想して、浮輪などを用意し、信頼できる友人と同乗するなどの措置をとり、あるいは学校側の注意に従って生徒を監視している教師にボートを利用する旨届け出てその監視を依頼するなどして、自らの身体生命の安全を守るべき義務があったというべきところ、そのような救急措置をみずから用意した形跡は認められず、かえって≪証拠省略≫によれば、俊幸はボートを利用するについて担任の教師である笹本幸雄へ届け出ていなかったため、不充分にもせよ存在する監視体制の活動を促すような契機も与えられなかったことが認められる。そして本件全証拠によっても俊幸の溺死が本人の責に帰し得ない不可抗力に起因したと疑うべき事情は認められないので、俊幸のゴムボートからの転落の瞬間の状況は明らかではないけれども、俊幸のなんらかの操作上の誤りがあって転落という事態が発生したものと推定されるから、これによる俊幸の死亡については同人にも過失があったものと認めるのが相当である。
右に認定した俊幸の過失を斟酌すれば、原告らが被告に対して賠償を請求できる損害は前記1ないし6に認定した損害額の合計各金二、五〇五、〇〇〇円の内、各金一、五〇〇、〇〇〇円とするのが相当である。
五、以上により原告らの被告に対する請求は各金一、五〇〇、〇〇〇円の損害賠償および右金員に対する俊幸の死亡時以後であることが明らかな昭和四二年六月二九日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 渡辺忠之 裁判官 山本和敏 西田美昭)
<以下省略>